女性の爪を美しく彩るネイルアート。それが一般的に普及したのは、比較的最近のことだと思っていませんか? 実はネイルアートは古代エジプト時代にまで遡れるほどの長い歴史を持っています。
今も昔も、身だしなみを美しく整えようとする人の気持ちは変わらないもの。場所や時代は変わっても、歴史上の至るところでネイルアートの原型となるオシャレの方法が見受けられます。それが現代のネイルアートとして完成していく歴史を振り返ってみましょう!
海外におけるネイルの歴史
古代
ネイルアートの原点は古代エジプトにあると言われています。紀元前3~4世紀頃、エジプトの王族はヘンナという植物の汁を染料として使って爪を装飾していました。赤い色味のヘンナによって爪を彩ることには、美容目的以外にも呪術的な意味合いがあったとされ、女性だけでなく男性もそうした装飾を施すのが一般的でした。また、当時はその染料の防腐効果が着目されていたのだとも言われていて、現在発見されているミイラの爪にはネイルの跡が残っています。
なお、美の探究者として知られる古代エジプトの女王・クレオパトラもヘンナを使って爪を彩っていました。一説によると、階級社会だった古代エジプトではネイルをつける人の階級と、そのネイルの色が対応していたとも。古代において赤色は神聖なものとされていたので、階級が高ければ高いほど、その色が濃くなったと言われています。
そして古代ギリシャやローマでも、高い階級に所属する人々は爪に対する美容的な関心を持っていました。そこで登場したのが、ラテン語のマヌス(手)とキュア(お手入れ)を組み合わた「マヌス・キュア」という言葉。古代エジプトとは異なり、染料を使って爪を彩るのではなく、自然な美しさを引き出すために爪をお手入れする方法が探究されました。気付いた方もいるかと思いますが、この「マヌス・キュア」が現在のマニキュアの語源となっています!
中世~近世
中世から近世にかけて発展したのは、古代エジプトのようなネイルアートの技法ではなく、古代ギリシャにおける爪のお手入れに近い方法です。中世ヨーロッパでは現在でいうスパのような美容院「ハンマム」で、爪を含む手のお手入れが行われました。そこで使用されていたのは、塗料ではなくハンドクリームの類。というのも、この時代にはまだ現在のようなマニキュアが発明されていなかったため、自然でお手軽にできるお手入れの方法が用いられたのです。
さらに、近世では上流階級の人々だけでなく、一般社会にも爪のお手入れが普及しました。そこではさまざまな材料の研磨剤を使って、爪を磨き上げる方法が主流に! また、この時代に初めて爪のお手入れを行う専門家が生まれたとも言われていますが、そういった施術は誰にでも受けられるものではなく、経済的な制限があったようです。
日本におけるネイルの歴史
日本におけるネイルの発祥は8世紀の平安時代です。そのきっかけは、中国で古くから行われてきた、染料で爪を染める手法が日本に伝わったこと。ただ、それは庶民が誰でもできるオシャレではなく、一部の豊かな人々にしか許されない贅沢でした。唐の時代に“傾国の美女”楊貴妃がネイルを施していたことも有名ですね。
平安時代の日本では、ホウセンカやベニバナといった植物の汁を染料としてネイルが施されていました。それがさらに一般的に普及するのは、江戸時代のこと。豪奢な装いを好んだ遊女たちがベニバナを用いた塗料で爪を彩ることで、階級を問わないオシャレの手法として流行することになりました。
現代につながるネイルアートの発展
ネイルアートが現在のような形になったのは、20世紀に入ってからのこと。1923年、アメリカでネイルラッカー(ネイルエナメル)が開発されます。何とそれは、水を弾き速乾性があるということから、自動車用のラッカー(塗料)を元に作られたというのですから驚きですね。1970年には、同じくアメリカでネイルチップ(つけ爪)が発明されます。元々は、ハリウッドで女優にメイクを施すことを目的に作られたそうですよ。
それらが日本に伝わってきたのは、1970年代後半のこと。人々の暮らしが豊かになり、美容的な関心が高まっていくなかで、ネイルに対する需要も生まれていきました。さらに1990年代にメディアでネイルアートが取り上げられたり、ネイル雑誌が発刊されたりすることで若者の間にネイルブームが!
ネイルが市民権を獲得したことで、ネイルアートで使用される塗料や素材も飛躍的に発展していきます。光を当てると固まる性質をもった合成樹脂のジェルネイルや、爪にアクリル樹脂のつけ爪をくっつけていくスカルプチュアといった手法も2000年頃に発明されました。
「もっと美しく」「もっと便利に」という女性の願望を叶えるため、日夜発展を遂げるネイルアート。その歴史は長く、いつの時代も爪のお手入れが人々の強い関心を集めてきたことが分かりますね。